スマートシティを軸としたまちづくりを推進する一般社団法人スマートシティ社会実装コンソーシアム内で活動している「まちの魅力発掘・活用ワーキンググループ」では、街の魅の見つけ方やデータを活用した魅力的な街の作り方を探求しています。
各地域、企業でデータを活用したまちづくりを推進する方への事例インタビューを実施しており、今回はニューラルグループ株式会社でAIカメラを用いたまちづくりに取り組む一言太郎(ひとことたろう) さんにお話を伺いました。
商店街や公園でのデータ活用の事例をお聞きし、得られたデータの捉え方や議論の重要ポイントなどを詳しく教えていただいたので、まちづくりに関わる方やデータ活用などに興味がある方はぜひご覧ください。
ニューラルグループ株式会社 常務執行役員 まちづくり事業本部本部長 一言太郎さん ▼プロフィール 1981年静岡市生まれ、横浜市育ち、大田区在住。2000年開成高校卒業、2004年東京大学農学部卒業、2006年東京大学大学院農学生命科学研究科修了後、国土交通省入省。都市公園、スタジアム・アリーナ改革(スポーツ庁)、生産緑地、コンパクトシティ、国土交通省政策ベンチャー等に従事。2021年国土交通省を退職し、ニューラルポケット株式会社(当時)に参画。日本造園学会、日本都市計画学会、自由が丘まちづくり株式会社J-SPIRIT運営委員会、全国の地方公共団体等で委員を務める他、大学での講義や講演会実績多数。一般社団法人みんなの公園愛護会メンバー。
スマートシティ化による小さな変化の大きな意味
ーニューラルグループ株式会社は、「AIで心躍る未来を」というミッションのもと、AI技術の社会での活用を推進されています。一言さんが担当しているまちづくりにおけるAI活用について概要を教えてください。
ニューラルグループ株式会社では、「エッジ処理技術」を用いて、カメラから取得した情報をAIでリアルタイムで可視化する取り組みをしています。
例えば公園や商業施設、観光施設などで、人流や車の交通量などのデータを取得し、施策や改善策の検討・実践に役立てていただいています。
ー駅などでカメラを見かける機会が増えた気がします。このリアルタイム可視化は、まちづくりではどのようなことに役立つのでしょうか?
意思決定や合意形成がより納得感のあるものになっていく、と考えています。
長期的なデータを保有することで、これまで感覚的に判断してきたことがデータとともに可視化され、認識を揃えた上で議論を進められるのが大きなメリットです。
一方で、データを収集・分析する企業やサービスは増えてきましたが、「そのデータをまちづくりでどう生かしていくか」の視点をまちづくり事業者が持てるようになることは、今後の課題の一つですね。
ー後ほど事例を詳しくお聞きするとして、スマートシティにおいてデータ活用でどのような変化が起こると考えていますか?
スマートシティで起こる変化って、実はすごく小さいものだと思っているんですよね。
ーどういうことでしょうか?
あるスマートシティエリアの住民参加のワークショップで、「道が混んでいるのが事前にわかって、犬の散歩ルートを変えられたら嬉しい」というお話を聞いたんです。
「スマートシティ」「データ活用」と聞くと、大規模でわかりやすい変化を求めがちですが、住民視点で考えると目の前の小さい困りごとが解決できる方が嬉しいですよね。
そして、そのような小さな変化が積み重なって住みやすい地域になり、満足度の高い住民が増えることで地域全体の価値が上がっていく、というようなイメージを持っています。
スマートシティのデータ活用による変化は住民の手の届く範囲で発生し、「費用対効果などとは別の軸に成功がある場合もあるのでは?」ということです。
AIカメラを用いた商店街や公園の活性化の事例紹介
①自由が丘(東京):人流調査をもとにした商店街活性化の検討
ーではここからは、まちづくりでAIカメラを活用した事例をいくつか聞かせてください。
自由が丘(東京)では2023年以降、継続的に人流データを取得しています。
自由が丘駅周辺の5箇所にカメラを設置し、特定の期間内での通行量や滞留時間などを収集する取り組みです。
その結果、一例として以下のようなことがわかりました。
- 自由が丘駅の改札口ごとの通行量のピークは、正面口は退勤時間の18時ごろ、南口は正午前後
- 気温の高い夏は、通行量のピークがその他の時期から1〜2時間後ろ倒しになる
ー同じ駅でも改札口ごとに違うのが興味深いですね。この結果からどのようなことが言えるのでしょうか?
例えば後者のデータは、商店街の店舗の営業時間の判断材料になります。
仮に18時に閉まる店舗が多いとしたら、「夜に通行量が増えるから、夏だけでも夜に店を開けるように変えていきませんか?」といった議論ができます。
店舗単体では取り組んでいたかもしれませんが、データを共有して組合全体で議論することで、組合や地域全体としての活性化にもつながる、と思います。
ーデータがあることで、組合や協議会などで共通認識ができることは大きいですね。
また、街の複数のイベントの比較を行った結果、エリアごとのイベント内容によって街の中で人流が増える場所が変わるという現象も観測できました。
このようなデータを地域の商店組合や都市開発事業者に共有することで、自由が丘全体の商店にとっての取り組みのヒントが増え、かつ再開発の方向性を決める上で重要なデータにもなり得ることがわかります。
2024年12月に、一般社団法人あるっこ主催で開催した自由が丘さんぽの様子(一言さんも参加)
②川口西公園(埼玉):イベント開催が公園にもたらす効果の検証
ーありがとうございます。もう一つ事例をお聞きしたいです。
次は川口西公園(埼玉県川口市)での事例を紹介します。
EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング: 証拠に基づく政策立案)、ウォーカブルなまちづくり、Park-PFI等の検討にデータを活用する目的で、公園内のにぎわいを可視化するために実施されました。
ーイベント時のデータの収集からどのようなことが分かったのでしょうか?
一週間キッチンカーを置くイベントとその前後のデータを比較すると、「イベント期間が終了した後の一週間の滞在時間が、イベント開催前の一週間と比べて20%増加した」という結果が得られました。
仮説的なものではありますが、キッチンカーが置かれることで、「滞在できる場所だ」という認識ができたような印象を持っています。「公園でイベントを定期開催すると、公園の普段使いにも影響がある」ということもありうるのではないかと思います。
ーイベントをきっかけに公園の価値が広まる、ということがデータでも伝わったのですね。他にも何かわかったことはありますか?
イベントの有無による屋外空間の人のいる場所に関するヒートマップも分析に用いました。
この公園は駅に向かう通路を示すような舗装がなされているのですが、そういった舗装をすると明確にその上を人が歩いているということも明らかになりました。
データを一度信じて、議論を深める材料にする
ーまちづくりにおけるデータ活用の事例をいくつか教えていただきました。活用にあたって、意識すべきことやポイントなどはありますか?
まずは、「目的や政策に合致しているのか」です。
ただ闇雲にデータを収集・分析するのではなく、「どんなことを実現したくて、そのために何をしたくて、そのためにどんなことを知りたいのか?」を考えてデータ活用を進めるべきだと考えています。
例えば2024年の能登半島地震では、地震当日の夜に多くの住民が怖くて道の駅に集合したことがデータで確認できましたが、この道の駅は防災道の駅に指定されており、「避難場所」としての目的に合致した利用がなされたことがわかります。
ーデータ活用と言っても取得→分析→活用という流れがあり、それぞれでやるべきことが異なると感じています。その上で、データの専門家ではない人が、まちづくりでのデータ活用を進める時に意識した方がいいことがあれば教えてください。
「どのような切り口でデータを分析するか」を提示する人が必要だと考えています。「街の変化がデータの変化にどのように影響しているのかという視線でデータを見る」ということです。
川口西公園では、イベントがあったことを知った状態でデータを見ることができますが、街のスケールになると近くの大学で学園祭をしているとか、集客力のある商店がリニューアルでしばらく閉店しているとか、様々な変動要素があります。こういった現場にいないとわからない街の変化を認識しながら、データを見ることが重要です。
データの取得や分析は専門家の領域であることが多いですが、まちづくりに関わる方々との対話をすることで見え方の立体感が大きく変わってくると思います。
一般社団法人スマートシティ社会実装コンソーシアム(SCSI)とは?
一般社団法人スマートシティ社会実装コンソーシアム(SCSI)は、スマートシティの具体的な社会実装と持続可能な仕組みづくりを目的に2022年に設立された団体です。
教育・医療・交通・商業・エネルギー・行政など社会全体のDX化「スマートシティ」への取り組みが加速する中で、あらゆる業態・地域の垣根を越えた官民連携のエコシステムの形成を目指して活動しています。
民間企業・大学・自治体など200以上の会員団体とともに、
- スマートシティに関わるテーマ別の分科会
- データ連携基盤を活用したサービス開発に関する勉強会
- サービスカタログ・マーケットプレイスを通じたサービスの掲載・閲覧
- サービス開発環境の提供、開発者コミュニティの運営
等の取り組みから、スマートシティの社会実装に向けた知見の蓄積と実践に取り組んでいます。
その中で、「街のにぎわい広場」「グリーンインフラ×ICT」「保健師業務支援サービス」など、テーマごとに分科会やワーキンググループを設置し、活発に議論や活動を行っています。
関心のある方はぜひSCSIのWebサイトをご覧ください。
https://www.sc-consortium.org/