アイキャッチ画像の風景に見覚えのある人もいるでしょう。
愛知県岡崎市の乙川沿いの風景ですが、実はデジタル空間で再現したものなのです。
これは「デジタルツイン」という現実世界にデジタル空間を再現したもので、まちづくりへの活用事例が増えています。
スマートシティを軸としたまちづくりを推進する一般社団法人スマートシティ社会実装コンソーシアム内で活動している「まちの魅力発掘・活用ワーキンググループ」の定例会にて、デジタルツインの構築を推進する大成建設株式会社 新事業推進部の村上拓也さんと、愛知県岡崎市でのデジタルツインの活用したまちづくりを担う鈴木昌幸さんを招き、「デジタルツインを活用したまちづくりの姿」をテーマにお話しいただきました。
デジタルツインを活用した様々な検証や、自治体主導のデータ活用の進め方など、「データを活用したまちづくりのリアル」をお聞きしました。
写真左:鈴木昌幸さん(岡崎市 総合政策部デジタル推進課 係長/総務省地域情報化アドバイザー)、写真右:村上拓也さん(株式会社大成建設 新事業推進部)
デジタルだからこそのシミュレーション方法
まずは村上さんが、大成建設で取り組んでいる東京・西新宿のエリアマネジメント団体(新宿副都心エリア環境改善委員会)におけるデジタルツインの事例を紹介しました。
新宿副都心エリア環境改善委員会として「豊かなオープンスペースを最大限に使いこなす」という方針を打ち立てており、道路空間の利活用、有効空地の高質化、公園の活用に取り組んできています。
そのエリアマネジメント活動が①都市の状況を把握する②まちづくり施策の検討③合意形成④実施・振り返りというサイクルで進む中、調整時間やコストの肥大化の懸念もあり、持続可能な形としてデジタルツインの制作を進めたそうです。
例えば、ビル風をシミュレーションしてイベント時の風対策を考える、デジタル空間内で歩道に家具などを設置して人流の変化を予測する、という活用ができます。
デジタルツインでのシミュレーションを重ねた上で、現実空間にストリートファニチャーを設置した事例
まず、対象のエリアの3Dスキャンを実施し、それを元に3Dモデルを作成。
西新宿には築後50年以上が経過している建物も多く、「建物の中の様子がわからない」という声もあり、道路空間だけでなく建物内や地下空間までスキャンができ、需要があるということです。
また、エリア全てをスキャンするには時間もコストも膨大にかかりますが、既存のデータと組み合わせることも可能である、と村上さんは語ります。
例えば、蓄積している人流データと組み合わせることで、先述の家具配置による人流の変化のシミュレーションなどが可能になります。
既存のデータと組み合わせたモデリングやシミュレーションが可能
このデジタルツインには、大量のシミュレーションをしてから施策を実行できるメリット、ゲームエンジンを導入することで誰でも使いやすくしている工夫があります。
様々な角度でシミュレーションし、実際に画面を見ながら議論ができるため、合意形成や意思決定が今までよりもスムーズになる、というメリットがあるそうです。
そして、ワークショップを開催するなど、協議会関係者・ワーカー・住民といったステークホルダーを巻き込みながらデジタルツインの制作やシミュレーションを進めることが重要である、と村上さんは語りました。
また、データを大学生に貸し出し、論文に活用してもらいながらエリマネ団体にフィードバックしてもらう(約束を交わす)ことで、エリマネ団体にも活用方法の知見が蓄積されていく、という実用的な運用方法も教えていただきました。
岡崎市におけるデジタルツインの活用事例
続いて鈴木さんから、岡崎市でのデジタルツインの導入・活用事例が紹介されました。
鈴木さんは、都市再生は「①計画・構想→②設計・施工→③運用→④波及」というプロセスで進むと定義し、継続的にデータを取得することで、各工程の計画や施策検討に役立てるのがスマートシティのあるべき姿を定義しています。
また、ウォーカブルな街を作ることで民間投資もしやすくなり、都市再生が進みやすくなると考えています。
岡崎市でのデータ活用事例を4つ紹介します。
①再開発による変化のシミュレーション
例えば、再開発が見込まれるエリアでデジタル空間内にビルを建設し、人流・車流・景観・日照などの変化をシミュレーションする、という活用方法を取っています。
既存のビルを解体して新しくビルを建てた後のことは、通常では想像しづらいですが、デジタルツインだからこそできるシミュレーションと言えます。
さらに、新たに整備する駅改札前に設置予定の人流滞留用モニュメントにおいては、置いても改札での混雑に影響しないのか、などの検討も人流データを使えば可能だそうです。
従来は議論の材料が図面しかなかったのが、何度も作り替えながら議論できるのがメリットだと鈴木さんは語ります。
改札前にモニュメントを設置した際の人流のシミュレーション
②歩道、駐車場の混雑状況のリアルタイム可視化
東岡崎駅前にデジタルサイネージを設置し、バス停や歩道の混雑状況をリアルタイムに表示する取り組みをしています。
これにより、市民はその時の状況に踏まえて通る道を選ぶことが可能になります。
2024年1月12日8時32分53秒時点の東岡崎駅周辺の混雑状況のリアルタイム解析
また、公共・民間両方の駐車場も空き状況をリアルタイムで見られるようになっており、お祭りなどの混雑時は「駐車場が確実に混むため、予約をしてから来てください」という事前の誘導が可能になるそうです。
akippa!などの新しい駐車サービスにも対応しており、駐車場の空き情報がかなり正確に把握できる状態となっています。
駐車場検索サービス「PPPark!」より駐車場の空き状況を閲覧可能
③花火大会の安全対策への活用
夏まつりの花火大会では、橋に人が滞留すると危険だという課題があったため、観覧場所を変更した際の人流のシミュレーションを実施し、観覧場所を別の場所に充実させる対策を講じたそうです。
また、人が集まってくると歩行者が車道にはみ出てくるという問題に対しては、3Dセンサーでリアルタイムに人流データを取得し、異常値に達したらすぐに警備の体制を強化する、という対策を取ったとのことです。
このように、安全対策・警備も感覚に頼らずに根拠あるデータから対策を考えられるのもメリットだと鈴木さんは語ります。
④店舗やストリートのブランディングへの活用
「公共空間に人が増えたけど、うちの店の売上は上がらないんだよね」という相談を受けることもあるそうで、事業者が活用できるデータとしてストリートごとの来訪者のデータを公開しています。
曜日やイベントの有無、天候などによる傾向を掴むことで、店舗での商品展開やイベントの出展場所の検討などに活用することができます。
また、ストリート全体としてデータを活用することで、「どのようなコンセプトにして、どんな人に来てもらいたいか」というストリートブランディングもしやすくなります。
データを用いてターゲット設定、それに合う景観作りやキャンペーンの打ち出し、商品開発ができるなど、集客にも役立てることができる事例を紹介いただきました。
康生通における「丘の途中のマーケット」を休日に開催した際の来訪者の年齢分布
人流の合計と渋滞発生件数を日ごとに整理したグラフの例
デジタルツインは、使えば使うほどみんなが使いやすくなる
鈴木さんのお話の中で印象的だったのが、岡崎市での合意形成の際のエピソード。
市長の意思で都市再生に取り組み始めたものの、市役所内部でも認識がズレていたという問題があった中で、デジタルツインを用いて可視化することで認識を合わせられたそうです。
このように、内部だけでなく民間企業や地主さん、地域住民などとの合意形成にデジタルツインは活用できるとわかります。
また、鈴木さんは「まちづくりの中でデジタルツインの活用事例が増えれば、スマートデータインフラの単位あたりのコストが下がり、アプリなどで市民がデータをどんどん使いやすくなる」と語りました。
そのためにも、まずはいろんな形でデジタルツインを活用してみること、その手前でデジタルなまちづくりに関する議論を増やすことが重要なのでしょう。
一般社団法人スマートシティ社会実装コンソーシアム(SCSI)とは?
一般社団法人スマートシティ社会実装コンソーシアム(SCSI)は、スマートシティの具体的な社会実装と持続可能な仕組みづくりを目的に2022年に設立された団体です。
教育・医療・交通・商業・エネルギー・行政など社会全体のDX化「スマートシティ」への取り組みが加速する中で、あらゆる業態・地域の垣根を越えた官民連携のエコシステムの形成を目指して活動しています。
民間企業・大学・自治体など200以上の会員団体とともに、
- スマートシティに関わるテーマ別の分科会
- データ連携基盤を活用したサービス開発に関する勉強会
- サービスカタログ・マーケットプレイスを通じたサービスの掲載・閲覧
- サービス開発環境の提供、開発者コミュニティの運営
等の取り組みから、スマートシティの社会実装に向けた知見の蓄積と実践に取り組んでいます。
その中で、「街のにぎわい広場」「グリーンインフラ×ICT」「保健師業務支援サービス」など、テーマごとに分科会やワーキンググループを設置し、活発に議論や活動を行っています。
関心のある方はぜひSCSIのWebサイトをご覧ください。
https://www.sc-consortium.org/
▼ゲスト情報
鈴木昌幸さん 岡崎市 総合政策部デジタル推進課 係長/総務省地域情報化アドバイザー
岡崎市職員として企画財政部局を長く経験し、総合計画、まち・ひと・しごと創生総合戦略、財政計画、公共施設等総合管理計画などを策定。これらを通じた全庁的な課題整理のもと、スマートシティ推進やデータ利活用・EBPM推進に注力。また、総務省地域情報化アドバイザーとしては、「情報化を進めたいけど実は別次元でつまずくことが多い」といった自治体の悩みに寄り添ってご支援。国際大学GLOCOM客員研究員、名古屋市立大学非常勤講師を兼務。
村上拓也さん 株式会社大成建設 新事業推進部
2016年より西新宿のエリアマネジメントに関わり、道路空間や公開空地などのオープンスペース利活用に関わる社会実験を統括。一般社団法人新宿副都心エリア環境改善委員会にてスマートシティ・タスクフォースを立上げ以降は、まちづくりのDXをテーマに、都市開発実務者の立場から自動運転やマイクロモビリティの実装を推進。現在は、西新宿スマートシティ協議会のもと、最前線でエリアOS・デジタルツインの構築に注力している。