「データ活用」と聞くと、無機質で冷たいイメージを持つ方もいるかもしれません。
しかし、居心地の良いまちを作るためにもデータは重要で、人と人との繋がりや幸福度など、人々が根源的に求めているものの質の向上にも繋げることができます。
スマートシティを軸としたまちづくりを推進する一般社団法人スマートシティ社会実装コンソーシアム内で活動している「まちの魅力発掘・活用ワーキンググループ」では、全国各地のデータを活用した再開発やコミュニティ形成に精通した4名での対談を実施しました。
2024年12月に東京・飯田橋にオープンしたコミュニティスペース39 base(運営会社:大和ハウス工業株式会社)を舞台に、「地域住民がテクノロジーを使ってどのようにまちづくりに参画していくのか」「そのデータ活用は地域住民にとってのウェルビーイング(幸福)に本当に貢献できるのか」といったテーマで意見を交わしました。
▼登壇者紹介(肩書は2024年3月時点)
大和ハウス工業株式会社 執行役員 リブネスタウン事業推進部長/栽培事業開発室長/都市環境創造担当 神田昌幸さん
1986年京都大学大学院工学研究科土木工学専攻修了、建設省入省 倉敷市助役、富山市副市長、筑波大学客員教授、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会施設整備調整局長、国土交通大学校副校長等を経て、全日本スキー連盟理事、大阪府特別参与、大阪市特別参与。
株式会社New Stories 代表 太田直樹さん
挑戦する地方都市を「生きたラボ」として、行政、企業、大学、ソーシャルビジネスを越境し、未来をプロトタイピングすることを企画・運営。2015-17年、総務大臣補佐官として、地方の活性化とIoTやAIの社会実装の政策立案と実行に従事。ボストンコンサルティングの経営メンバーとして、アジアのテクノロジーグループを統括。シビックテックを推進するCode for Japan理事などの社会的事業に関わり、国内外のイノベーション人材とつながっている。スマートシティ社会実装コンソーシアムアドバイザー。
日本電気株式会社(NEC) スマートシティ統括部マネージャー 片岡宏輔さん
2009年NEC入社、現在スマートシティ市場にて持続可能なまちづくりに向けたデータ利活用事業を推進。行政から民間まで様々なデータ利活用事業に関する業務従事・省庁事業有識者として参加。
スマートシティ統括部都市経営チームを牽引、日本の社会インフラを支えてきた企業の強みやネットワークを生かしながら、住まう人や訪れる人のウェルビーイングを高めることで、まちを進化させていく。『未来をつくるパーパス都市経営』(共著)にて不動産協会賞受賞。
ANNAI株式会社 代表取締役副社長兼CAO・CIVICTECH.TV 太田垣恭子さん(モデレーター)
2004年頃よりCMSを用いたWebシステムの企画・開発に関わり、2007年にANNAI株式会社を創業。企画・設計、デザインを中心にお客様係を担当。Webを活用して人を集める仕組み作りを得意とする。オフラインのイベント運営やオンラインイベントの作り方の研修も手掛け、自身でも「Cテレ・スナック恭子」などのライブ配信・オンラインイベントを数多く手掛けている。デジタル庁 オープンデータ伝道師/Code for Japan フェロー/Code for Kyoto 主宰。
目に見えない「幸せ」はデータで可視化できるのか
太田垣:39 baseのある飯田橋エリアではこれから再開発が進む予定で、この39 baseも地域の方との交流場所やイベント会場等として、地域に開かれた場所になっていくことと思います。地域の方にどのようにまちづくりに参画してもらうと考えていますか?
神田:実証実験のように「やりながら考える」ことを大切にしています。飯田橋はいい意味でごちゃ混ぜな街で、住宅やオフィス、飲食店など様々なものがあるので、それぞれの主体となる方々と対話しながら考えていきたいですね。
片岡:飯田橋周辺は、昔と比べて人口が増えていて千代田区の1/5の人が住んでいるというデータ、住みたい場所としてのニーズは確実にある印象です。だからこそ、住民の方に目を向けた事業の場として飯田橋は良いなと思います。
大和ハウス工業株式会社 執行役員 神田昌幸さん
太田垣:私自身が神田川の桜が好きで飯田橋に住んでいるように、住みたいと思える要素がデータで分かれば興味を持つ人も増える、と考えています。大和ハウス工業さんではどのようにデータをまちづくりに取り入れていますか?
神田:建設現場では現場監理などのDX化を進めていますが、まちそのものにデータサイエンスをどう入れるか、がこれからの課題の一つです。当社では「リブネスタウンプロジェクト」という郊外型住宅団地(ネオポリス)のコミュニティ再生・形成プロジェクトに取り組んでいます。昔は地域コミュニティの中心だった団地も、子どもが育ったら出ていって高齢化し、かつての賑わいが失われているのが現状です。過去に建設した団地に「つくった責任がある」姿勢で向き合い、賑わい創出を図る中でデータサイエンスを取り入れることを検討しています。
片岡:人流データなど定量的に測れるものは普及してきていますが、人の顔が見えるデータ活用はこれからですよね。人の幸せやコミュニティが大事なのは皆理解しながらも、データ化はできておらずデータのあるべき姿の定義も未達です。地域にとっての住民の幸せなど、コミュニティの活性化につながるデータ活用を考えていきたいですね。
大田垣:そのように、人の顔や幸福度、賑わいなどのデータ化にチャレンジしている事例があればお聞きしたいです。
片岡:賑わい創出を図る参考事例を紹介しますと、当社では富山県のウェルビーイング向上事業に対するデータ活用を支援しており、実態が捉えづらいウェルビーイングに指標の導入や行政事業での検討が行われています。例えば「パブリックスペースの運用が幸福度向上につながるのか?」などの事業としてデータの可視化に取り組んでいます。
NEC スマートシティ統括部マネージャー 片岡宏輔さん
ウェルビーイングには「関係性」が影響する
太田垣:太田さんはシビックテック(市民がテクノロジーを活用して、行政の問題や社会課題を解決する取り組み)にも精通されているので、ぜひ詳しく教えてください。
太田:2010年代から進んだデータ活用には「テクノロジー企業は儲かるけど市民は幸せになっていないのでは?」という課題がありましたが、シビックテックの導入が進んだまちではお年寄りの見守り、防災などの分野に活用したことで、効果の可視化が進んだ印象です。
太田垣:シビックテックが導入されるとどのようなことがわかるのですか?
太田:市民がデータ活用に参加すると、そもそもデータ量が増えていきます。そのデータを分析した結果、「地域の方は〇〇によく行っている」「地域との関係性が好きな人が多い」といった傾向が見え、まちづくりに直接フィードバックできる形になっていくのです。
株式会社New Stories 代表 太田直樹さん
太田垣:「関係性」というキーワードが興味深いです。地域や人との関係性が生まれ、深まっていくにあたり、データがその関係性を裏付けているのかもしれませんね。
太田:2016年から20年まで行われたJSTのウェルビーイングに関する研究プロジェクトの方々との交流を通じて、日本の街づくりでは「関係性」がウェルビーイングに影響しているとわかってきました。Amazonなどで買い物はすぐにできますが、距離が近い人との関係性が生まれ、関わりが増えることが「ここに暮らせてよかった」という幸福度につながるのでしょう。また、海外では「15分都市」という、生活・仕事・買い物・医療・教育・自己啓発の6つの必須な社会機能に15分以内に徒歩や自転車でアクセスできる都市モデルの考え方があるのですが、距離と関係性は相関するのでしょう。飯田橋でも、まずは39 baseがパブリックスペースやパブリックスペースのようなワクワクしながら使える場になり、距離が近づく場になればいいですよね。
大田垣:私自身も、スマートシティのまちづくりに市民が入っていけていない印象をずっと持っていました。かつ、「どこから入ればいいのかわからない」と市民が呼ばれている感覚がない。だからこそ、いつでも行ける場所やイベントなどがあると入っていきやすいですよね。
太田:来場者にいきなりアンケートを渡したりするとびっくりさせてしまうので、まずはその場所にいる時間を増やしてもらうことからですね。
神田:富山市の再開発の中心となったグランドプラザにもパブリックスペースがあり、使い方のルールを増やしすぎず様々な形で使えるようになっています。その結果、お祭りで獅子舞や子ども達の遊び場作りなどの市民参加の取り組みが増え、ウェルビーイングに繋がっていると実感しています。だからこそ、完全な公共空間ではない場所・空間があることが大事だと考えています。
大田垣:行政も企業も市民も、分け隔てなく集まったり一緒に何かをしたりするのは大事ですよね。海外ではパーティー文化がありますが、日本では囲炉裏文化がそれにあたる気がします。同じ釜の飯を食う、というのは地域コミュニティの醸成には重要ですね。
ANNAI株式会社 代表取締役副社長兼CAO・CIVICTECH.TV 太田垣恭子さん(モデレーター)
可視化した繋がりが街のカラーに
太田垣:先ほどの団地再生の話では、「関係性」についてはどのように考えていますか?
神田:団地の地域コミュニティにおいても「繋がり」に注目しています。それは「繋がりが多様性を生み、コミュニティが寛容になる」と考えているためです。繋がりが強すぎるのも考えものですが、ゆるい繋がりがウェルビーイングに関係していることがわかってきたので、この点も科学的に考えていきたいですね。
片岡:当社でもコミュニティデータの可視化に取り組んでおり、人と人、人と場所の繋がりを科学した結果「〇〇に向いている場所なのでは」「住民の幸せに対してこういう施策ができるのでは?」などを考えるきっかけがデータによって生まれています。飯田橋でも、繋がりが可視化されて「どう特徴をつけていくのか」「地域のカラーをどう出していくのか」が見えてくることに期待しています。
太田:スーパーブロック(400m区画)ごとに「車をどの程度優先したいのか?」「緑をどの程度入れたいのか?」などを住民も参加して考えるバルセロナの事例も参考になりますよね。東京大学の吉村先生が「街はウォーカブルになったら賑わうのか?」という問いをクレジットカードのデータから検証したら実際購入件数が増えていたそうで、なんとなく感じていたことの根拠が得られたそうです。空間が変わると行動が変わっていく、とも言えますよね。
「余計なお世話」が心地良さとチャレンジを生む
太田垣:飯田橋ならではのカラーを出していくためにも、39 baseがどういう場所になるといいと思いますか?
片岡:飯田橋で子どもが歩いている姿をよく見かけますが、友達と集まって遊ぶ場所も少ないので、そういう子どもたちがふらっと来れる場所になるといいですよね。そこから地域内にバスケットコートなどができて、外での遊び場が増えることにも繋がるでしょうし。また、地域の文化や産業と掛け合わされた場所が増えていくと、子ども達にとっても地域を知る機会になると思います。
大田垣:大人はお金を払えば集まれる場所がありますが、子ども達の居場所が本当に減っていますよね。公園に一人でいると危ないと注意され、夜は門が閉められるようになってきました。子ども達の居場所づくりも重要なポイントなのかもしれません。
神田:ある意味でのサードプレイスが必要なのだと思います。パブリックスペースやコミュニティスペースが街中にあることで居場所になり、ある程度のルールの中で自由に活動することで地域への愛着も湧いてくるはず。今もすでに、地域住民とのワークショップ、こども食堂などを実施しており、使いながら夢を膨らませている最中です。
39 baseで開催されたワークショップの記録
太田垣:最後に、それぞれ印象に残った話を聞かせてください。
片岡:「心地良い」は大事な考え方ですよね。他都市との違いなどや地域の特性などを具体的に考えられますし、そこから飯田橋ならではのまちづくりや事業の形が見えてくると思います。
太田:行政も企業も中にこもって働くことが多いですが、外に出て適度に「余計なお世話」ができる関係が生まれるといいなと思います。スマートシティにおけるハードがデータや技術とすると、ソフトは人との繋がりです。39 baseみたいな場に人が集まり、ここからいろんなことが生まれるといいですね。
神田:同じような考えを持っている人が増えて嬉しく思いました。近年ではAIを使ってデータ活用の幅も広がっているので、そのためのプラットフォームができたらいいなと考えています。人口増を前提とした都市計画法(昭和43年)から人口減少にも対応する都市再生特別措置法(平成14年)に軸足が変わったように、今の時代だからこそのプラットフォームを生み出していきたいです。
一般社団法人スマートシティ社会実装コンソーシアム(SCSI)とは?
一般社団法人スマートシティ社会実装コンソーシアム(SCSI)は、スマートシティの具体的な社会実装と持続可能な仕組みづくりを目的に2022年に設立された団体です。
教育・医療・交通・商業・エネルギー・行政など社会全体のDX化「スマートシティ」への取り組みが加速する中で、あらゆる業態・地域の垣根を越えた官民連携のエコシステムの形成を目指して活動しています。
民間企業・大学・自治体など200以上の会員団体とともに、
- スマートシティに関わるテーマ別の分科会
- データ連携基盤を活用したサービス開発に関する勉強会
- サービスカタログ・マーケットプレイスを通じたサービスの掲載・閲覧
- サービス開発環境の提供、開発者コミュニティの運営
等の取り組みから、スマートシティの社会実装に向けた知見の蓄積と実践に取り組んでいます。
その中で、「街のにぎわい広場」「グリーンインフラ×ICT」「保健師業務支援サービス」など、テーマごとに分科会やワーキンググループを設置し、活発に議論や活動を行っています。
関心のある方はぜひSCSIのWebサイトをご覧ください。